「相続放棄」とは、亡くなられたご家族(被相続人)が遺した財産の、一切を放棄することを意味します。預貯金や不動産などの財産はもちろん、借金などの債務についても放棄できるしくみです。相続放棄は裁判所に申立てを行うことで手続きを進めていきますが、放棄が認められないケースもあります。
この記事では相続放棄ができないケースに注目します。相続放棄の注意点や、失敗しない手続きのポイントもあわせて紹介しますので、ぜひご一読ください。
相続放棄できないケースとは
相続放棄は裁判所にさまざまな書類を整え、申立てを行うことで手続きを進めていきますが、以下に挙げるとおり、放棄が認められないケースもあります。
熟慮期間を過ぎている
相続放棄は、「相続の開始を知った日」から3か月以内(民事921条Ⅱ、915Ⅰ)に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述する必要があります。この3か月間を「熟慮期間」と言います。相続をするか、しないかについて検討する期間です。熟慮期間を過ぎてしまうと相続放棄はできなくなります。
ただし、熟慮期間は延長(※1)することもできます。家庭裁判所に「相続の承認または放棄の期間の伸長」と呼ばれる申立てを行うことで、延長が認められることもあります。詳しくは下記リンクをご一読ください。
→「相続放棄の期限はいつまで?延長の手続き・過ぎてしまった場合の対処法を解説」
単純承認をしている
被相続人が遺した財産を、プラス・マイナスを問わずに承継することを「単純承認(民事920条)」と言います。すでに財産の一部を使っている、売却しているなどの場合は、単純承認とみなされるため相続放棄はできません。ただし、被相続人の葬儀費用を支払うなど、一部の行為は単純承認とみなしません(民法921条)。
約款にもよりますが、生命保険金は受け取れることもあります。
熟慮期間の間に相続放棄をしなかった場合も、単純承認をしたとみなされるため注意が必要です。
手続きに不備がある
相続放棄の手続きは、裁判所に対して書類を提出することで開始されます。書類に不備があると受理されないため、まずはしっかりと準備をすることが大切です。必要書類は、申述人(放棄する方)によって異なりますが、少なくとも以下の書類が必要です。
・相続放棄申述書
・被相続人の住民票の除票(戸籍の附票でも可)
・申述人(相続人)の戸籍謄本
※抄本ではないため注意、被相続人との続柄が分かるものを用意する必要がある
・収入印紙800円および郵券 (郵券の必要金額及び枚数は各家庭裁判所によって異なります)
裁判所によっては書類の提出後、「照会書」というものが裁判所から送られてくることがあります。これは裁判所が相続放棄をしたい人に質問したいことが掲載されているもので、回答をして提出する必要があります。提出をしないと相続放棄が認められない可能性があるためご注意ください。
制限行為能力者の場合
未成年や成年被後見人だったりなど、制限行為能力者(ひとりでは法律行為を行うことができない方)の場合、相続放棄はできません。
未成年の場合は法定代理人、成年被後見人の場合は成年後見人による手続きが必要です。
また、相続放棄は相続放棄をしたい人の意思確認が必要です。ですので、自身の相続放棄を勝手に第三者に手続きされる場合も相続放棄はできません。意思確認を行うためにも、裁判所によっては照会書を申述人本人宛に発送しています。
相続放棄を確実に行うためのポイント
相続放棄には上記で述べたように、放棄が認められないケースがあります。では、確実に放棄の手続きを行うためには、一体どのようなポイントを押さえておくと良いでしょうか。以下4つのポイントで解説します。
相続財産調査を早期に開始する
相続放棄の期限は相続開始を知った日から3か月です。もしも被相続人が家族に内緒で借金をしていたら、3か月を過ぎた後に債務が発覚するおそれもあります。相続が始まったら、まずはプラス・マイナスの財産を問わず、残された相続財産がいくらなのか、早期に調査を開始しましょう。
預貯金や証券口座、退職金などはもちろんのこと、不動産や車、骨とう品なども含まれます。また、消費者金融や住宅ローンからの借入、知人や友人からの借金、滞納税も相続対象です。
単純承認とみなされる行為をしない
熟慮期間中であっても、相続財産を使ったり、処分したりするような行為があると、単純承認とみなされます。相続財産の調査が終わり、相続放棄をするかどうか決めるまでは、被相続人の遺した財産には「触れない」ことが大切です。預貯金口座の解約なども行えません。不動産の売却や、遺産分割協議への合意も単純承認に該当します。
また、車の名義変更や処分も行えません。被相続人の遺した車を使って生活することも単純承認とみなされる場合があるため、控えましょう。
ただし資産価値がない車両であれば、処分できる可能性があります。しかし、廃車同然の車両であっても価値がある場合も多いため、弁護士などの専門家の相談の上で行うことがおすすめです。
財産を特定の方に集中させたい場合に相続放棄には注意
事業承継など、相続財産を相続人のどなたかに集中させたい場合に、相続放棄を検討する方もいらっしゃるでしょう。しかし、相続放棄は通常の相続とは異なり、「代襲相続」が発生しない(民法887条Ⅱ)点を押さえておく必要があります。詳しくは以下です。
■代襲相続とは
本来相続人となるべき方が亡くなっている場合、その方の子や孫が相続することを意味します。
■相続放棄はなぜ代襲相続が発生しない?
相続放棄が認められると、元々相続人ではなかったとみなされるため、代襲相続は起きないしくみです。次順位へ相続権が移ります。
■財産を誰かに集中させたい場合は注意
たとえば、夫の財産を子にではなく、孫にすべて集中させたい場合は、相続放棄を子や妻が行うことを検討するかもしれません。
しかし、夫に存命の両親や兄弟姉妹がいる場合は子どもが全員放棄することにより相続権が移動するため、新たに相続人となってしまいます。その上、孫には代襲相続が発生しません。財産をどなたかに集中させたい場合には、生前から準備をするなど慎重に手続きを進める必要があります。
相続放棄できない財産もある
相続放棄はプラス・マイナスの財産を問わずに放棄できるしくみですが、一部放棄できない財産があることも知っておきましょう。
・祭祀財産(民法897条)
墓地・墓・仏壇仏具、祭祀に関する承継者の地位などは放棄できません。
・空き家の管理義務(民法940条)
相続財産管理人が選任されるまでは、空き家そのものは放棄できても管理義務までは放棄できません。放棄後も、トラブルが起きないように管理を続ける必要があります。
相続放棄が認められなかった場合には、即時抗告できる
相続放棄の手続きを裁判所に対して行ったにもかかわらず、認められなかった場合はどうするべきでしょうか。相続放棄が認められなかったら、「即時抗告」(家事事件手続法201条LX③)という手続きが可能です。相続放棄の不受理が決定したら、2週間以内(同86条)に不服の申立てを行う必要があります。なお、再審理は高等裁判所で行われます。
まとめ
この記事では、相続放棄ができないケースを中心に、失敗しない手続きのポイントについて詳しく解説しました。相続放棄は単純承認とみなされるようなケースがあると、放棄できなくなってしまいます。放棄できない場合、高額の債務の返済義務を負ってしまうため、慎重に手続きを進める必要があります。相続放棄については、裁判所への対応はもちろんのこと、債権者対応などについても相談できる、弁護士へのご依頼がおすすめです。