相続は、被相続人が亡くなった日から始まります(相続開始日)。相続は親子間や兄弟姉妹間など近しい間柄で行われるものです。家族間の交流を絶っていなければ、看取ったり、亡くなったその日にご逝去の一報を受けたりするでしょう。
では、相続が開始されているにもかかわらず、「あなたは相続人です」という連絡が入らない場合には、一体どうすればいいでしょうか。そして、相続手続きを放置してしまったら、一体どんなトラブルが起きるのでしょうか。
今回の記事では、遺産相続の発生を焦点に、「相続について何も言ってこない場合」の対処法や、注意点について詳しく解説を行います。
相続の連絡が来ていなくても基本的に心配する必要はない
相続は被相続人が亡くなったその日に開始されます。つまり、被相続人の死を知ったその日に、相続手続きはスタートしたことを意味します。しかし、遠方に住んでいる相続人や、家族との関係が悪く疎遠になっている相続人もおられるでしょう。この場合、相続の開始を知るのはもう少し後になるかもしれません。
また、被相続人の死去を当日知った相続人であっても、被相続人に相続財産があったことを知らなければ、相続の発生に気が付かないかもしれません。では、相続の開始は国や自治体、裁判所や国税庁等から連絡されることはあるのでしょうか。
結論から言うとNOです。病院や警察などから死亡自体を知らされることはあっても、「あなたの相続が開始されました」と宣告されることはありません。
しかし、相続の発生は否応なく知ることになります。なぜなら、遺産を相続しようとすると、相続手続きの中で必ず相続人調査を行うことになるからです。
例えば、下記のような場合には、相続手続きを必ず必要とします。
相続手続きが必要なケースとは
例えば、亡父が預貯金や退職金などの相続財産を残して亡くなった場合、相続人となる配偶者や子はこれらの財産を引き継ごうと銀行や勤務先の会社に連絡をします。すると、主に以下のような書類を求められます。
・相続関係図
・被相続人の戸籍謄本一式(誕生から死亡まで)及び除籍謄本
・遺産分割協議書(相続人全員の実印あり)
・相続人全員の戸籍謄本等
・相続人全員の印鑑証明書
・遺言書 など (遺言書がある場合は、銀行口座の解約時は相続人全員の同意は不要です)
つまり、被相続人の財産を引き継ごうとすると、相続人全員を特定する相続手続きがどうしても必要となります。相続人全員の同意が無ければ口座の解約などもできないため、事実上相続人の誰かが、その他の相続人に連絡し、遺産分割協議へと誘導する必要があるのです。そのため、相続人の方はさほど心配せず、待機していても問題はないでしょう。
まず相続が本当に発生しているか確認しましょう
「自分はひょっとして相続人ではないか」と疑問に思ったら、まずは本当に相続が発生しているか、確認するところから始めましょう。ご自身が相続人かどうか、ご自身の他に何人相続人がいるのかを知るためには、被相続人の戸籍謄本を取り寄せることから始まります。
相続人の調査とは
相続の発生および相続人の調査を進めるためには、「被相続人」の戸籍謄本を取り寄せることが大切です。被相続人の誕生から死去までがわかる戸籍謄本を取り寄せましょう。この時、注意点があります。
【相続人調査の注意点】
・戸籍謄本が必要であり、抄本ではない
戸籍には戸籍謄本、戸籍抄本そして戸籍の附票がありますが、相続人調査に必要なものは戸籍謄本です。取り寄せの際には混乱しないように注意しましょう。戸籍の附票は相続人の住所調査で必要となる場合があります。
・合併している市町村も多く、調査に時間を要することがある
かつて平成の大合併と呼ばれる市町村の合併があり、今はもうない市町村名が戸籍に書かれていることがあります。また、地方によっては廃村になっている所も多く、戸籍謄本を辿っていくと、次にどの市町村に戸籍謄本の取り寄せをすべきかわからない場合があります。相続人調査は予想以上に時間がかかることもあるので注意が必要です。
・被相続人に隠し子が発覚する場合もある
被相続人に隠し子がいたり、現在のご家族が知らない離婚歴が発覚したりすることがあります。前妻との間に子がいる場合、前妻は相続人にはなりませんが、その子は相続人となります。すると、もあり、相続人が当初の予想よりも多くなることがあります。
相続放棄照会とは
相続には順位があります。配偶者は常に相続人となり、第一順位に子や孫(直系卑属)、第二順位に両親や祖父母(直系尊属)、第三順位に兄弟姉妹が該当します。ここで、相続のしくみを一度整理しておきましょう。
■相続は順位によって承継する。
第1順位の者がいる場合には、第1順位が相続
第1順位の者がいない、もしくは相続放棄をした場合には、第2順位が相続
第2順位の者がいない、もしくは相続放棄をした場合には、第3順位の者が相続
つまり、相続放棄が発生していると本来は相続順位が第2順位、第3順位に該当している方もいつの間にか相続人となっている可能性があります。先順位の方が相続放棄をしても、国や自治体から次順位の方に連絡が入ることはありません。
実は相続放棄をしたことを、次順位の方に伝える法律法的義務は相続人にもないのです。
この場合、第2順位または第3順位の相続人である自分が相続人となっているのかを確認するため、ご自身で先順位者の相続放棄の有無について調べる必要があります。
相続放棄の照会は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で照会の手続きをすることで行えます行うことができます。照会の申請ができる方は、相続人もしくは被相続人に対する利害関係人(債権者等)です。相続放棄申述の有無の照会には必要となる書類がありますので、どのような書類が必要となるのかを被相続人が亡くなった住所地を管轄する家庭裁判所に問い合わせて確認してください。
勝手に相続手続きがされていた場合の対処法と注意点
自身も相続人であるにもかかわらず、知らないうちに相続手続きが進んでいたら一体どう対処すれば良いでしょうか。勝手に相続手続きがされていた場合の対処法および注意点は以下のとおりです。
対処法1 再度遺産分割協議を行う
遺産分割協議は相続人が全員で合意する必要があります。そのため、法定相続人が漏れている状態で相続手続きが進んでいる場合には、遺産分割協議が終了する前に、自身も含めたうえでの遺産分割協議のやり直しを求めましょう。遺産分割協議は相続人が全員で合意する必要があります。
仮に、法定相続人に漏れがある状態で遺産分割協議が終了してしまっても、それは相続人全員の合意がないため無効であり、遺産分割無効確認訴訟を提起することで自身を含めた再度の遺産分割協議を行うことができます。
なお、相続をしないように他の相続人から脅迫された、遺産隠しが発覚した等の場合にも、遺産分割協議は無効であると主張して、やり直すことができます。
対処法2 話し合いで解決しない場合は、調停・訴訟の検討を
本来は円満な相続手続きを目指して遺産分割協議のテーブル上で話を済ませたいところですが、話し合いでは解決が難しい場合もあります。
話し合いが進まない場合には速やかに調停に移行することもおすすめです。当人同士の話し合いよりも、スピーディーに解決する場合もあります。
遺産隠しを行うような相続人と対峙する場合には、速やかに「遺産分割の無効確認調停」を起こすこともにも、遺産分割調停を申し立てることで、早期解決への糸口となるでしょう。
調停は家庭裁判所で行われ、調停委員の下で解決を模索します。しかし、調停でもまとまらない場合は訴訟に移行します。
相続時によくある問題と注意点
相続では、被相続人と同居していた方が現金や預貯金を使い込んでいるトラブルが起きています。また、同居の方ではなくても生前時に高齢化していたご家族の財産を勝手に使いこんでいるケースも頻繁に起きています。財産を不当に隠す行為が発生する場合もあります。
こうした使い込み行為は、「不当利得」と言いますにあたります。使い込まれてしまった相続人は、使い込んだ相続人に対して、不当利得を返還するように求めることが可能です(民法703条、704条)。使い込みは以下のような方法で調べることができます。
・被相続人の通帳や取引履歴の確認
・絵画や壺、高級宝石などが過去に存在していた場合は、現在の所在を確認
・認知症など、意思の疎通が難しい場合はその期間の預貯金や株式取引などを確認
・医療費と支出があっているか領収書などと突き合わせをする etc.
使い込みの調査はケースによっては個人が対応することは難しい場合があります。医療記録や金融機関に対して記録の開示を求める必要があるからです。もしも手続きに悩んだら、速やかに弁護士に相談することがおすすめです。
■不当利得の請求には、訴訟提起を
不当利得が発覚した場合には、返還を求めて訴訟を起こすことができます。この場合も、訴訟代理人として弁護士を付けることがおすすめです。
■損害賠償請求も可能
不法行為に基づく損害賠償請求、という方法で使い込みされた財産について争うことも可能です。不当利得返還請求とは時効(※1)が異なります。いずれかの方法で請求が可能ですが、二重に行うことはできません。
(※1)
不当利得返還請求の場合の時効は、権利を行使することができるときから10年もしくは権利を行使することができることを知ったときから5年。
不法行為に基づく損害賠償の場合は、不法行為の時から20年もしくは損害及び加害者を知ったときから3年。
誰も相続手続きをしていなかったらどうなる?
相続が開始されているにもかかわらず、相続手続きを誰も行わずに放置したら一体どうなるでしょうか。相続をしないでおくと、以下のようなリスクが発生します。
1.相続税の延滞リスク
相続財産があるにもかかわらず、何の手続きもせずに放置した場合、本当は相続税を納付しなければいかなかった方が納付を放置するリスクがあります。相続税の納付期限は相続開始後10か月以内であり、それ以降は延滞税などが加算されます。相続税の調査は非常に厳しいため、放置は厳禁です。
2.相続放棄ができないリスク
相続放棄は相続があったと知った日から3か月以内に行う必要があります。被相続人にローンや高額の借金があった場合、相続放棄をしなければ相続があったと知った日から3か月の経過により、自動的にこれら債務も含んだ財産を承継することになります。
そして、3か月経過後は、原則として相続放棄をしてこれら債務を免れることはできなくなります。承継しなければなりません。なお、相続放棄をする場合、預貯金などのプラスの財産も一切承継できません。
手続きに不明点がある場合は早急に弁護士に相談されることが重要です。
3.不動産放置のリスク
相続財産の調査もしないまま、不動産を放置していると相続登記の義務化(令和5年4月1日より)を逃してしまい、過料(10万以下)が課せられる可能性があります。
令和6年4月1日から、不動産の相続登記の義務化がされます。これは、相続財産に不動産があることを知った時から3年以内に相続登記を行うことを義務付けるもので、これを怠ると10万円以下の過料に処せられます。
そのため、相続財産に不動産がある場合には、相続してから3年以内に、相続人は相続登記を行わなければなりません。また、空き家を放置してしまうと特定空き家に指定されてしまい、高額の固定資産税を請求されるリスクもあります。
この他にも、預貯金口座の放置で解約できなくなってしまったり、相続手続きをしないまま次の相続が発生し、非常に複雑な相続手続きを次世代の方に残してしまったりするリスクもあります。相続にあたってはたとえ財産が少なくても、必ず一度は相続財産の調査を行いましょう。
まとめ
この記事では「遺産相続が発生しているのに、何も言ってこない場合」について詳しく解説を行いました。相続はトラブルに発生発展することもあり、手続きをきちんと行わなければ「争族」問題となる可能性があります。
また、相続にあたっての各種手続きをきちんと行わずに放置しておくと、高額の債務を引き継いでしまうリスクもあります。まずはきちんと相続手続きを進めていくためにも、相続開始後は弁護士に相談をしましょう。