東京都千代田区神田にあるアトラス総合法律事務所の多良雄一郎です。
相続手続においては安易に行ってはならない行為等の注意点が存在します。
被相続人が亡くなった日から、被相続人の遺産を誰が取得するか確定するまでの間に、相続人が遺産を売却した場合、遺産を売却した相続人は相続放棄をすることができません。
遺産を売却した相続人は相続放棄をすることができない結果、被相続人が多額の債務を抱えていることが後から判明した場合に被相続人の多額の債務を相続することになり、結果として自己破産せざるを得なくなるという事態も起こり得ます。
今回の記事では、相続手続の流れとともに各手続における注意点を説明していこうと思います。
遺言書の有無の確認をする
公正証書遺言(公証役場で作成する遺言書。民法969条)の有無については、公証役場で確認することになります。
自筆証書遺言(全文を自書する遺言書。民法968条)の有無については、被相続人が生前保管していると思われる場所(自宅の書斎等)を探すことで確認することになります。また、自筆証書遺言の存在の有無については、遺言書情報証明書を請求することにより,法務局の遺言書保管所に保管されているかどうかの確認をすることができます。
秘密証書遺言(内容について秘密が保持される遺言書。全文の自署は不要。民法970条)の作成には公証人の関与が必要であるため、秘密証書遺言の有無は公証役場で確認することができます。しかし、遺言書自体を公証役場で保管しているわけではないため、秘密証書遺言がどこにあるかについては自筆証書遺言と同様に被相続人が生前保管していると思われる場所(自宅の書斎等)を探すことで確認することになります。
*遺言書情報証明書のない自筆証書遺言と秘密証書遺言の場合、家庭裁判所において法定相続人またはその代理人の立ち会いがなければ開封することはできないため注意が必要です(民法第1004条第3項)。
遺言書の検認の申し立て、遺言執行者選任の申し立て
遺言書情報証明書のない自筆証書遺言と秘密証書遺言の場合、被相続人最後の住所地の管轄裁判所(家庭裁判所)に遺言者の検認の申し立てをした上で検認してもらう必要があります(民法1004条1項)。
遺言書情報証明書がある自筆証書遺言と公正証書遺言による遺言書の場合検認は不要です(法務局における遺言書の保管等に関する法律第11条、民法1004条2項)。
*検認とは、相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
遺言の有効・無効については、まず家庭裁判所に調停を申し立て、調停で解決できなかった場合には地方裁判所に遺言無効確認の訴えを提起することにより争っていくことになります。
また、遺言書の内容によって遺留分(法律で定められた最低限度の取得が保障されている相続財産の取り分)が侵害されている場合、兄弟姉妹以外の相続人は遺留分侵害額について請求する権利があります(民法1042条、1046条)。
遺留分侵害額請求権に関する記事はこちら(https://atlas-law.jp/column/2487/)
* 自筆証書遺言と秘密証書遺言を勝手に開封した場合や、遺言書情報証明書のない自筆証書遺言と秘密証書遺言の検認を怠った場合には、「5万円以下の過料」というペナルティーが科される可能性があります(民法第1005条)。
遺言執行者(遺言の内容を実現する者)が遺言で指定されていなかった場合、相続人や遺言者の債権者、受遺者などの利害関係者、遺言者が最後の住所地を管轄する家庭裁判所に遺言執行者選任の申立てをすることになります(民法1010条)
*認知、推定相続人の廃除、推定相続人の廃除の取消しが遺言書に記載されている場合は、遺言執行者を選任することが必須です(民法781条2項・戸籍法64条、民法893条、894条2項)。
相続人の確定
民法上、配偶者は常に相続人となり(民法890条)、被相続人の子、直系尊属(被相続人の父母、祖父母)、兄弟姉妹の順番で相続人となります(民法887条、889条)。
相続人の子や兄弟姉妹が相続開始以前に既に亡くなっていたり、相続欠格(891条)や廃除(892条)により相続人となる資格を持っていない場合には、その子が代わりに相続することになります(代襲相続。民法887条2項、889条2項)。
被相続人に養子がいる場合は、養子も相続人となります。
また、相続放棄をした人は相続人ではなくなるため(民法939条)、相続人にカウントされません。
誰が相続の権利を持っているのか、戸籍などを用いて慎重かつ正確に把握しましょう。
相続人の中に行方不明者がいる場合、その人の生死が分からないために相続人が確定できず、遺産分割手続きが進められなくなってしまいます。
そのような場合に残された人たちだけで手続きを進めるための方法として「不在者財産管理」(民法25条1項)と「失踪宣告」(民法30条)という制度があります。
「不在者財産管理」(民法25条1項)と「失踪宣告」(民法30条)に関する記事はこちら
相続財産の調査
続いて「どのような財産がどのくらいあるのか」を確定させます。
土地や家屋などの不動産、現預金株式などの有価証券などの「プラスの財産」から、住宅ローンやその他の借入金、債務などの「マイナスの財産」まで、抜け漏れがないよう隅々まで調べましょう。
相続財産が確定したら、一覧表にした「相続財産目録」を作成します。
これは必ずしも必要な作業ではありません。
ただし、相続財産目録があると、相続財産の確認がしやすくなり、手続きがスムーズに進みます。
単純承認 or 限定承認 or 相続放棄
被相続人の死亡によって相続が開始した場合、相続人は単純承認と限定承認、相続放棄の3つのうちのいずれかを選択できます。
単純承認
単純相続は被相続人のプラスの財産と被相続人の債務の負担(マイナスの財産)をともに条件なしで引き継ぐものです(民法920条)。
自分が相続人になったことを知った日から、3か月以内に相続放棄又は限定承認をしなかった場合、自動的に単純承認という扱いになるため(法定単純承認。民法921条2号)、積極的に単純承認の意思表示をする必要はありません。
限定承認
限定承認とは、家庭裁判所に申述書を提出し「相続人が相続によって得たプラスの財産の限度で被相続人の債務の負担(マイナスの財産)を受け継ぐ」方法です(民法922条)。
つまり、プラスの財産からマイナスの財産分を清算し、余った財産があればそれを引き継ぐことができます。
相続放棄
相続放棄は、相続人が被相続人のプラスの財産と被相続人の債務の負担(マイナスの財産)を一切受け継がないという方法です(民法939条)。
*相続放棄は自分が相続人になったことを知った日から、3か月以内に行わなければなりません(民法915条1項)。
財産は一部のみを放棄することはできません。どうしても一部の財産のみを所有したい場合は、相続人全員の話し合いで決定する必要があります。
相続放棄についての詳細はこちら
それぞれのリスク
相続放棄は自分が相続人になったことを知った日から、3か月以内に行わなければならず、3か月を過ぎると、自動的に単純承認という扱いになります。
そのため、被相続人が多額の負債を抱えている場合、何もせずに放置しておくと、相続人に多額の負債が相続されるというリスクが存在します。
*また、単純承認の場合、被相続人が多額の債務を抱えていることが後から判明し、相続人が多額の債務を相続することになり、結果として相続人が自己破産せざるを得なくなるというリスクが存在します。
相続放棄には、被相続人の負債(借金など)を相続しなくてよくなる、相続人でなくなるため、それ以降の手続や遺産分割に関わる親族間のもめごとに関わらなくてよくなるなどのメリットがあります。
他方で、被相続人の積極財産(不動産など)も相続できなくなる、撤回や取消しはできないなどのデメリットも存在します。
限定承認は、「相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ」方法であるため、単純承認の場合と異なり、被相続人が多額の債務を抱えていることが後から判明した場合であっても債務を負担しないというメリットがあります。
他方で、手続が比較的負担の大きい上(民法924条、927条、929条、931条)、相続人各自が選択可能な単純承認、相続放棄と異なり、相続人全員で行わなければならない(923条)というデメリットがあります。
単純承認と限定承認と相続放棄のどれを選択するか迷った場合には、安易にネットの記事を鵜呑みにせず、弁護士に相談することが大切です。
相続放棄をする際及び相続放棄をした後に注意すべき点として特に以下の3つ(法定単純承認、特別代理人の選任、相続放棄後の管理責任)が挙げられます。
(法定単純承認)
被相続人の死亡から相続までの間に、相続人が相続人の全部または一部を「処分」したときは単純承認したものとみなされる結果、相続放棄や限定承認をすることができなくなります(法定単純承認。921条1号)。
「処分」には、遺産を売却する行為、遺産に属する物の棄損、債権の取立て、債務者からの弁済の受領も含まれます。
なお、保存行為(相続した債権の時効中断のための請求等)や短期賃貸借(樹木の栽植または伐採を目的とする山林は10年、上記以外の土地は5年、建物は3年、動産は6か月以内)をすることは処分行為に該当しません。
*相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠したり、勝手に消費したり、又は故意にこれを相続財産の目録に記載しなかったときは、単純承認したものとみなされる結果、限定承認や相続放棄できなくなることに注意する必要があります(法定単純承認。921条3号)。
相続開始後に安易に相続財産に関する法律行為や事実行為をしないことは勿論、相続開始後に相続財産に関する法律行為や事実行為をする際には弁護士に相談することが大切です。
(特別代理人の選任)
未成年、すなわち18歳未満の方が相続放棄をする場合には特別代理人を選任しなければならない場合があることに注意が必要です(民法826条)
例えば、親は相続放棄しないが未成年の子だけが相続放棄をする場合や、複数の未成年の子が相続放棄をする場合は特別代理人の選任が必要であると考えられています。
他方で、親がまず自らの相続の放棄をしたのちに未成年の子を代理して相続の放棄をする場合や親自らの相続の放棄と未成年の子全員を代理してする相続放棄が同時になされる場合は特別代理人の選任は不要であると考えられています。
特別代理人の選任に当たっては、親権者又は利害関係人が子の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てることになります。
(相続放棄後の管理責任)
相続放棄を行うと、相続権が次順位の法定相続人に移ります(相続権の順位については上記3相続人の確定参照)。
*ただし、相続放棄後も管理責任が発生する場合があることに注意が必要です。
2023年4月からは、相続放棄の時に相続財産を現に占有している相続人は、次順位の法定相続人又は相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならないと規定する改正民法940条が施行され、管理責任が明確化されました。
被相続人が所有する土地建物に居住していない相続人は、「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有」しているわけではないので、相続放棄を行っても上記の管理責任は負いません。
「遠方で管理が大変」
「面倒な手続きは専門家に任せたい」
という方は、相続財産清算人を立てることもおすすめです。
相続財産清算人とは、相続人不在の財産を清算し、国庫に帰属させる役割を持った人です。
家庭裁判所へ申立てを行い、承認されると権限を持ちます。
一般的には、被相続人の債権者が債務を取り返すために申立てするものですが、相続を放棄した方が財産管理を任せるために申立てすることも可能です。
住んでいる地域や時間の都合上、不動産管理が難しい方は依頼を検討しましょう。
以上をまとめると、戸籍等の調査や相続放棄により、相続財産を相続することができる相続人を確定し、相続財産の調査により、相続財産を確定することになります。
その後、相続放棄をした人を除いて遺産分割協議を行うことになります。
遺産分割協議
遺産分割協議は全員の同意を得る必要があります。
仮に相続人の把握漏れがあった場合、遺産分割協議は無効になり、最初からやり直しになります。
包括受遺者や相続分の譲受人がいる場合、包括受遺者や相続分の譲受人も遺産分割協議に加えなければならないことには注意が必要です。
また、遺産分割の際も相続放棄の場合と同様に、相続人に未成年、すなわち18歳未満の方がいる場合には特別代理人を選任しなければならない場合があることに注意が必要です(民法826条)
例えば、親と未成年の子が相続人である場合において親が未成年の子を代理して遺産分割協議をする際や、親が相続放棄しているものの複数の未成年の子の代理として遺産分割協議をする場合は特別代理人の選任が必要です。
特別代理人の選任に当たっては、親権者又は利害関係人が子の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てることになります。
協議が成立した場合、後の相続人間の紛争を防止するため及びのちの相続登記の手続で提出するために、相続人全員の署名、実印での押印をした遺産分割協議書を作成します。
協議不成立の場合、家庭裁判所の遺産分割調停に移行し、調停も不成立となった場合には家庭裁判所の遺産分割調停に移行することになります。
不動産の相続登記
不動産の相続や遺贈を受けた人はできるだけ速やかに不動産の相続登記を行いましょう。
*相続登記が行われていない状態では、不動産の所有権を自分の物だと第三者に主張できなくなるリスクがあります。
例えば、相続によりAが不動産を取得したが、A氏の相続登記が行われておらず、他の相続人Bの借金の返済が滞っていると想定しましょう。
この場合、B氏の債権者は相続登記のされていないA氏の不動産の一部を法定相続に則り、差し押さえることができます。
相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず(つまり、遺産分割(906条以下)、特定財産承継遺言(1014条2項参照)、遺言による相続分の指定(902条)、による権利の包括承継について)、法定相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗(主張)することができません(民法899の2第1項)。
そのため、相続登記が行われていない状態では、A氏は上記の差押えをしたB氏の債権者に対し、A氏の法定相続分を超える所有権を主張できなくなるのです。
*2021年4月に相続登記を義務化する改正法が成立しており、2024年4月から適用されます。
これに伴い、不動産を取得した相続人は、その所有権の取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければいけなくなります(改正不動産登記法76条の2第1項)
正当な理由なく相続登記を怠った場合は最高10万円の罰金が課されることになるので、注意が必要です(改正不動産登記法164条1項)
最後に
相続手続は先延ばしにすればするほど、トラブルも増えがちです。
相続人同士でトラブルになる前に早い段階でお困りのことがあれば法律事務所にご相談されることをおすすめします。
相続手続や相続トラブルでお困りの方はあればどうぞお気軽にご相談ください。