アトラス総合法律事務所 特別顧問 弁護士の林正彦です。
今回はゴルフに潜む法律問題とフェアプレーについて、前編はホールインワン保険の不正請求、後編はロストボール拾得の法的責任についてご説明いたします。是非ご一読いただき、皆様の参考になれば幸いです。
広々とした緑豊かな自然の中でプレーするゴルフは、年齢や性別を問わず生涯楽しめるスポーツとして人気があります。新たにゴルフを始められた方や、久しぶりにクラブを握ったという方も多くいらっしゃるでしょう。
ゴルフは「紳士淑女のスポーツ」と言われ、審判が同伴せず、プレイヤー自身の自己申告とフェアプレーの精神が重んじられる競技です。しかし、その和やかなプレーの裏側や、ゴルフ場という特殊な空間には、軽視できない「法律問題」が潜んでいることがあります。
今回は、そのうち、ゴルファーにとって夢の瞬間である「ホールインワン」(前編)にまつわる民事・刑事上のトラブルと、誰もが一度はコースで見かけたことがある「ロストボール」(後編)に関する刑事責任について解説いたします。
ホールインワン達成時に記念品の配布等を行う理由
ゴルフを長く楽しまれている方であれば、「ホールインワンを出したら、同伴者やキャディさんにご祝儀を渡し、友人たちを招いて祝賀会を開き、記念品を配らなければならない」という話を聞いたことがあるでしょう。
初心者の方からすると、「自分が偉業を達成したのに、なぜ自分が周りにお金を配らなければならないのか?」と疑問に思うかもしれません。
なぜこのような出費を伴う慣習が日本で根付いたのでしょうか。諸説ありますが、最も有力なのは「厄落とし」の考え方です。
ホールインワンは、アマチュアゴルファーの場合、数千分の一から数万分の一という確率でしか起こらない「奇跡」です。日本古来の死生観や迷信において、「一生に一度の異常な幸運を独り占めすると、その反動で大きな不幸(不慮の事故や病気など)が訪れる」と考えられてきました。そこで、身銭を切って周囲の人々に「幸運のおすそ分け」をすることで、厄払いをするという意味合いが込められているのです。
また、ホールインワンの達成には「本人の実力」だけでなく「風」や「傾斜」などの「運」の要素が大きく絡むため、「一緒に回ってくれた仲間やコースへの感謝を示す」という日本的な謙譲の美徳も影響しているでしょう。
しかし、祝賀会の開催、記念品の配布、コースへの記念植樹などを行うと、その費用は数十万円から、時には百万円を超えることもあります。法的義務はないとはいえ、ゴルフ仲間内での「暗黙の了解(社会的プレッシャー)」となっているケースも多く、この急な痛手をカバーするために誕生したのが「ゴルファー保険(ホールインワン・アルバトロス費用補償)」です。
ホールインワン保険の不正請求と重い法的責任
前述のとおり、ホールインワン達成時の金銭的負担を軽減するための保険ですが、これを悪用して保険金を騙し取ろうとする事件が後を絶ちません。
「実際にはホールインワンをしていないのに、したと偽る」「実際には祝賀会を開いていないのに、架空の領収書を作成して費用を水増し請求する」といった行為です。これらは、出来心では済まされない極めて重大な法的責任を伴います。
民事上の責任:徹底的な回収と契約解除
保険会社に対して不正な請求を行い、保険金を受領してしまった場合、以下のような重い民事上の責任を追及されます。
① 不当利得返還義務(民法第703条・704条)
法律上の原因なく保険金を受け取っているため、当然ながら全額を返還しなければなりません。悪意の受益者(不正と分かって受け取った者)とみなされるため、受け取った元本だけでなく、受領の時からの利息を付して返還する義務を負います。
② 不法行為に基づく損害賠償責任(民法第709条)
保険会社に対する詐欺行為は不法行為に該当します。保険会社が不正調査のために要した調査費用や、弁護士費用なども含めて損害賠償請求される可能性があります。
③ 保険契約の解除とブラックリスト登録
重大な事由による解除条項に基づき、保険契約は即座に解除されます。ブラックリストに登録され、今後当該保険会社(および情報共有を行っている他社)の保険に加入することが極めて困難になります。
刑事上の責任:詐欺罪
不正請求は、刑法上の詐欺罪(刑法第246条第1項)を構成する明白な犯罪行為です。
詐欺罪が成立するためには、㋐人を欺く行為(欺罔)、㋑相手方の錯誤、㋒財産の交付行為、㋓財産的損害、という要件が必要です。
架空のホールインワン証明書や偽造した領収書を保険会社に提出する行為(㋐)、それにより保険会社の担当者を「正当な保険金請求である」と勘違いさせ(㋑)、指定口座に保険金を振り込ませる(㋒、㋓)ことで、詐欺罪は完全に成立します(なお、領収書等の偽造・提出については、別途、有印私文書偽造、同行使罪が成立し、詐欺罪と併せて処罰されます。)。
詐欺罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」であり、罰金刑がありません。つまり、起訴されて有罪になれば、執行猶予がつかない限り必ず刑務所に入ることになる重い罪です。
共犯者(キャディや同伴者ら)の責任も重大です。ホールインワン保険の請求には、通常、第三者の目撃証明が必要です。以前はキャディによる証明が一般的でしたが、最近はセルフプレーが増加しているため、前後の組のプレイヤーやゴルフ場スタッフの目撃証言、あるいはティーショットからカップインまでの一連の流れが確認できる動画映像などが求められます。
もし「保険金が出たらその一部を報酬として分けるから、ホールインワンをしたことの目撃証明のサインをしてくれ」と同伴者やキャディらに持ちかけ、彼らがそれに応じた場合、サインをした者も詐欺罪の共同正犯(刑法第60条)や幇助犯(刑法第62条)として処罰されます。
「頼まれたから仕方なくサインしただけ」「主犯ではないから」という言い訳は通用しません。軽い気持ちでの加担が、前科者になるリスクを孕んでいることを絶対に忘れてはいけません。
近年では、SNSでの発信内容と提出された領収書の日付の矛盾、キャディの不自然な証言などから、保険会社の調査部門(SIU)の厳格な調査によって不正は見破られるケースが増加しています。
(後編へつづく)
