〜プレー中の事故における法的責任と最近のトピックス〜
アトラス総合法律事務所 特別顧問 弁護士の林正彦です。
スポーツは私たちの心身を健康にし、日々の生活に活力をもたらしてくれます。しかし、道具を使い、時には身体を激しく動かして競技をする以上、そこには常に「怪我」や「事故」のリスクが潜んでいます。さらに近年ではスポーツ全般に関わる「法律問題」が多様化しています。
本コラムでは、生涯スポーツとして幅広い世代に愛されている「テニス」をメインテーマに取り上げ、プレー中に起きた事故の法的責任について解説します。あわせて、最新の法務トピックスについてもご紹介します。スポーツを安全に楽しむため、あるいはスポーツ事業を適切に運営するための参考としてお読みください。
テニスプレー中の事故と法的責任
テニスは非接触型(ノンコンタクト)のスポーツですが、硬くスピードの出るボールを使用し、ラケットを強く振り抜くため、ひとたび事故が起きれば失明や骨折などの重大な結果を招くことがあります。実際に、テニスコート上での事故が訴訟に発展するケースは存在します。
スポーツ中の事故については、民事関係では、主に「プレイヤー間の責任」と「施設・スクール側の責任」の2つの側面から法的な問題が検討され、刑事関係では、プレイヤー個人又はスクールコーチ個人について犯罪の成否が問題となります。
プレイヤー同士の事故
たとえば、ダブルスの試合中、サーバーが打った強烈なサーブが前方でリターン等に備えるペアの後頭部を直撃した場合や、隣りのコートで打ったボールが転がってきて、これを踏んで転倒した場合、負傷した人は当該ボールを打った人に対して損害賠償を請求できるでしょうか。
ここでの法的根拠となるのは、民法第709条の「不法行為責任」です。故意又は過失によって他人の権利や利益を侵害した場合、その損害を賠償する責任を負います。しかし、スポーツにおいては「危険の引受け(きけんのひきうけ)」という法理が考慮されます。
スポーツには元来一定の危険が伴います。コートに立つ以上、参加者はそのスポーツに内在する通常の危険を「互いに承諾(引受け)している」とみなされます。したがって、ルールの範囲内で通常想定されるプレーの結果として生じた事故については、原則として違法性が否定され、損害賠償責任は生じません。
一方で、以下のような場合には「許容される危険の範囲」を逸脱したとして、損害賠償責任が認められる可能性があります。
著しいルール違反やマナー違反
プレーの中断中であるにもかかわらず、感情的になってボールを相手コートに強く打ち込み、ボールを相手に直撃させたようなケース。
重大な注意義務違反
隣りのコートにボールが転がってしまった際、「ボールいきます!」といった声かけ(危険を知らせる行為)を一切怠り、隣りのコートのプレイヤーがそのボールを踏んで転倒し大怪我をしたケース。状況によっては過失が問われる可能性があります。
テニスは紳士淑女のスポーツと呼ばれます。熱中するあまり周囲への配慮を欠いた行動をとると、マナー違反にとどまらず法的な損害賠償責任を問われるリスクがあることを認識しておく必要があります。
テニススクール・施設運営側の法的責任
プレイヤー個人間だけでなく、事故がテニススクールのレッスン中や、貸しコートで発生した場合、スクールの運営会社や施設の管理者が責任を問われることがあります。
指導者・スクールに対する「安全配慮義務違反」
テニススクールは、受講生との間でレッスン提供契約を結んでいます。この契約には、受講生の生命や身体の安全を確保するよう配慮する安全配慮義務が暗黙の前提として含まれています。
例えば、初心者クラスのレッスンにおいて、コーチが受講生の技量を軽視して至近距離から強いボールを打って受講生を負傷させた場合や、熱中症の兆候を見落として適切な休憩を与えずに重症化させた場合などには、コーチ自身の過失とともに、雇用主であるスクール側の損害賠償責任が問われることになります。
施設に対する「工作物責任」
民法第717条には、土地の工作物の設置や保存に瑕疵(欠陥)があり、それによって他人に損害を与えた場合、占有者や所有者が賠償責任を負うという「工作物責任」が定められています。
テニスコートにおいて、防球フェンスに大きな穴が空いているのを放置し、そこから外に飛び出したボールが通行人に当たった場合や、コートの人工芝が大きく剥がれているのを修繕せずに放置し、プレイヤーが足をとられて靭帯を断裂した場合などがこれに該当します。過去の裁判例でも、テニスの審判台など、用具や設備の欠陥が争点となったケースが存在します。
施設運営者は、定期的なメンテナンスと危険箇所の即時補修、そしてコーチ等指導員に対する安全講習を徹底することが重要な法的防衛策となります。
プレー中の事故における刑事責任(刑事罰)
民事上の損害賠償責任とは別に、プレー中の事故につき、悪質重大なケースでは刑事責任が問われることもあります。
プレイヤー個人の過失傷害罪:プレー中に周囲への声かけを怠るなどの不注意(過失)によって他人に重傷を負わせた場合、プレイヤー個人に過失傷害罪が成立する可能性があります。
プレイヤー個人の傷害罪:プレーの中断中であるにもかかわらず、感情的になってボールを相手に強く打ち込み直撃させたようなケースなど、相手に対する暴行や傷害の故意があったとみなされる悪質なケースでは、プレイヤー個人につき傷害罪の成立が考えられます。
コーチ等の業務上過失致死傷罪:テニススクール等のレッスンにおいて、コーチが受講生の熱中症の明らかな兆候を見落として適切な休憩を与えずにレッスンを続けたため、重症化(又は死亡)させたりしたようなケースでは、指導者としての安全配慮義務を怠ったとして、コーチ等が業務上過失致死傷罪に問われる可能性があります。
(後編へつづく)