近年、相続の場面において、遺留分を主張する・される機会が増加しています。しかし、ご家族が亡くなり相続が開始された後に、初めて遺留分という考え方があることを知る人も少なくありません。
まず冒頭に申し上げておくと、遺留分は法定相続分とは異なります。遺留分は法律で定められた「最低限度の取得が保障されている相続財産の取り分」であり、もしも遺留分が遺言書の内容などによって侵害されていたら、請求する権利があります(民法1046条)。
今回の記事では「遺留分侵害額請求権」に焦点を当て、侵害額の計算方法や請求方法について詳しく解説します。ぜひご一読ください。
遺留分侵害額請求権とは?
「遺留分」とは冒頭に触れたように、民法上で取得が保障されている「最低限度の相続財産の取り分」を意味する言葉です。では、どうして遺留分という考え方があるのでしょうか。具体例を挙げて解説していきます。
遺留分侵害額請求が発生する具体例
被相続人となった夫が遺言書で「相続財産の全ては長男に渡す」と記載していたとしましょう。相続人にはこの他に、妻、次男がいると仮定します。
このケースの場合、遺言書通りに相続手続きをすると、長男以外の相続人(妻、次男)は相続財産を取得できません。被相続人が遺した家も預貯金等も取得できないため、長男がすべての財産を取得したら、妻や次男は生活が立ち行かなくなる可能性もあるでしょう。
そこで、民法では遺留分の請求を保障しているのです。妻も次男も、遺産を相続する長男に対して、遺留分を請求できます。
なお、遺留分の請求は、遺言による相続以外にも生前贈与・死因贈与のケースでも主張することができます。生前贈与等は「特別受益」として遺留分侵害額請求の対象となるので注意しましょう。
(※1)生前贈与とは
生前に子や孫などへ贈与をする行為を指します。生前贈与は相続税対策に用いられることが多い贈与です。
(※2)死因贈与とは
死因贈与は贈与をする方(贈与者)が亡くなった時に効力が生じる贈与です。遺言書の中では贈与を受け取る受贈者の同意なく贈与をすることができますが、死因贈与は生前に贈与者と受贈者が贈与に合意をしています。
遺留分侵害額請求権は誰が使える権利か
相続が発生すると、配偶者は常に相続人になります。第一順位に直系卑属(子や孫)、第二順位に直系尊属(親・祖父母等)、第三順位に兄弟姉妹が相続人となります。
遺留分侵害額請求権を使って遺留分を主張できる方(遺留分権利者)は、配偶者、子や孫、親や祖父母等です。第三順位の兄弟姉妹は除かれます(民法1042条)。
遺留分侵害額の計算方法
では、実際に遺留分を請求する場合には、侵害額をどのように計算するのでしょうか。ここからは遺留分の割合と実際の計算方法を紹介します。
・遺留分の割合とは
相続人が請求できる遺留分については、割合が定められています。相続財産の2分の1が遺留分の対象となり、直系尊属(親・祖父母等)しか相続人がいない場合には3分の1とされています。そして、具体的な遺留分割合を計算するにあたっては、遺留分に各人の法定相続分を乗じます。
つまり、計算式は(相続財産)×(遺留分)×(各人の法定相続分)となります。
請求できる人および遺留分の割合は以下の7つのパターンが考えられます。(実際の遺留分の計算では法定相続分を乗じますので、以下のとおりとなります。)
【遺留分請求 7つのパターン】
1.配偶者のみが相続人 2分の1
2.子のみが相続人 2分の1
(子が被相続人よりも先に死去している場合は代襲相続が発生し、孫が相続人になる)
3.直系尊属のみが相続人 3分の1
4.兄弟姉妹のみが相続人 遺留分なし
5.配偶者と子が相続人 配偶者が4分の1、子が4分の1
6.配偶者と父母が相続 配偶者が3分の1、父母が6分の1
7.配偶者と兄弟姉妹が相続人 配偶者が2分の1、兄弟姉妹は遺留分なし
・実際の計算例
被相続人の遺した相続財産が2000万円、相続人は配偶者と子ども2名の場合の遺留分を計算してみましょう。
配偶者が取得できる遺留分は…
2000万円(相続財産)× 4分の1{(遺留分2分の1)×(法定相続分2分の1)}= 遺留分は500万円
子ども2名が取得できる遺留分は…
2000万円(相続財産)× 4分の1{(遺留分2分の1)×(法定相続分2分の1)}×2分の1(子ども2名)= 遺留分は子1名につき250万円
このように遺留分はあくまでも最低限度取得できる金額のため、法定相続分よりも少なくなります。
遺留分侵害額請求権と遺留分減殺請求権の違い
遺留分についてネット上などで調べたことがある方は、「遺留分減殺請求権」という言葉を見かけたことがあるかもしれません。
遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権は異なるのでしょうか。
遺留分減殺請求権とは以前存在した名称
遺留分減殺請求権とは、以前存在した名称です。2019年7月の法改正以前は、「遺留分減殺請求権」と呼ばれていました。法改正後は遺留分侵害額請求権に名称変更がなされました。
この時の変更は名称だけではなく、以下に挙げる点についてもなされました。
・遺留分減殺請求権では、遺留分の請求が認められるのは現金や預貯金はもちろんのこと、「不動産」も対象でした。例えば、1つの建物が遺留分減殺請求の対象となった場合に、揉めた相続人同士で建物の権利を分割して所有していました。これでは建物を売却するときに権利所有者全員の同意を得る必要があり、再び揉めてしまう可能性がありました。
・遺留分侵害額請求権に変更後は侵害された部分に関して、お金を請求できるようになりました。この方法なら不動産の権利を分割しなくても、金銭を得ることで解決可能となります。
遺留分侵害額請求権の時効
もしもご自身の遺留分が侵害されたとわかった場合には、遺留分侵害額請求権を行使できます。しかし、遺留分侵害額請求権には「時効」が設けられています。
遺留分侵害額請求権は相続の開始を知った時および遺留分が侵害されたと知った時から、わずか「1年」を経過すると権利が失われてしまうのです(民法1048条)。大変短い期間で時効を迎えるため注意が必要です。
もしも、遺産分割協議で揉めていたり、遺言書の無効を求めていたりしても、何の手続きもしなければ時効の中断はできません。加えて、遺留分侵害額請求後も、具体的な遺留分の金額がわからずに請求金額を曖昧にしておくと「5年」で金銭債権の消滅時効を迎えます。
また、相続の開始を知った時から「10年」を過ぎた後に、「自分の遺留分が侵害されていた」とわかっても、除斥期間(※3)を過ぎているため請求ができません(民法1048条)。遺留分侵害額請求権には1年・5年・10年の3つの壁があるので、注意しましょう。
時効を止める方法として消滅時効の完成を猶予させる方法もありますが、侵害を知ったらその後の対策も見据えて、まずは弁護士に相談をすることがおすすめです。
(※3)除斥期間とは
一定期間権利を行使しなかった場合に、権利そのものが消滅する仕組みです。遺留分以外にも離婚時の財産分与など色んな場面で用いられています。
遺留分侵害額請求を行う方法
実際に遺留分侵害額を請求する場合には、一体どのような方法でおこなっていくのでしょうか。
請求方法は以下の4つです。
1.相続人や関係者の間で交渉を行う
多くの遺留分に関するトラブルは、相続開始つまり遺言書の開封と同時に始まります。ご自身の遺留分侵害が発覚した場合には、まずは相続人や内縁の方など関係者間で交渉を行い、解決を目指してみましょう。
ご自身の遺留分の金額について不明点がある場合には、交渉成立後に「もっともらえるはずだった」と泣き寝入りをしないためにも、法律相談を受けておくことがおすすめです。
2.時効を停止する
先に触れたように、遺留分の時効は最短1年です。時効を迎えて請求ができない、というトラブルを防ぐためにも時効を停止しましょう。
時効は、消滅時効に関する権利についての履行を求める旨の内容証明郵便を送ることで、6か月間猶予されます(民法150条1項)。内容証明郵便には遺留分侵害額請求に関する文言を記載しますが、誤った内容にならないためにも弁護士などの専門家からアドバイスを受けるようにしましょう。
3.調停を行う
相続人や関係者間の話し合いでまとまらない場合には、家庭裁判所へ調停を申立てすることも方法の1つです。調停は調停委員が話をまとめる役割を果たすため、相手方と直接話し合いをするよりも解決が早まることが多いでしょう。
日本では調停前置主義が採用されており、訴訟の前にはまず調停を行う必要があります。
4.訴訟を行う
調停が成立しなかった場合には訴訟へ移行します。訴訟は多くの準備が必要となり、調停よりも専門知識が必要な分野です。調停は家庭裁判所が管轄ですが、訴訟の場合は地方裁判所、もしくは簡易裁判所に提起します(請求金額140万以下未満なら簡裁)。
訴訟は和解で終わることもありますが、終わらない場合には判決が下されます。控訴、上告も可能です。
まとめ
この記事では、遺留分侵害額請求権について請求対象となる方や、請求方法などに触れながら詳しく解説を行いました。遺留分の請求を行う際には、特別受益なども踏まえて請求額を算出する必要があるほか、場合によっては相続人間ではなく、遺贈先の団体や内縁の方などを相手に請求を行う必要もあります。
時効にならが完成してしまわないよう速やかに手続きを進めていく必要もあるため、遺留分の侵害に気付いたら、まずは弁護士に相談をしましょう。