みなさんこんにちは。アトラス総合法律事務所事務員の原澤恭平です。
以前、司法試験の合格時に法律事務所でのアルバイトと試験の関係について個人的に思ったことを書かせてもらいました。今回は、この内容について、具体的事案を題材にしながら書いていこうと思います。当時の僕の思考過程にも適宜触れていけたらと思いますので、事務所でのアルバイトのリアルな雰囲気が伝わればうれしいです。
なお、実際の事案では改正前民法の適用が問題になる可能性がありますが、本記事では改正後民法を前提とします。
予備試験・司法試験受験生で法律事務所でのアルバイトを検討している方の参考になれば幸いです。
1 具体的事案(相談時)
相談者(X)の持ち家に相手方(Y)と子供らが住み続けている。住宅ローンや固定資産税はXが支払っているが、住宅ローンの支払いがきつくなってきた。相談者としては、Yらに退去してもらったうえで自宅を売却したい。できるだけ早期の明渡完了を望んでいる。
XとYは5年以上前に離婚しているが、離婚前からYはXの自宅に住み続けている。離婚時に特別の取り決めは交わしていない。しかし、Yは、①建物は子供が大学卒業までは使用してよいとの合意をしたはずである、②立退料を支払うまでは退去の意思はないとして建物からの退去を拒んでいる。
Xとしては建物明渡訴訟の提起を検討している。
2 方向性の検討とリサーチ
(1)事実関係の整理
本件は離婚後も元配偶者が、従前の建物に住み続けているため、これを退去させたいという事案でした。Xから聴取した結果、離婚時に今後のYの住居についての明確な話し合いはなかったということでした。
このような曖昧な事実状態が5年以上にわたって続いていたことになります。
(2)主張の方向性の検討
ア 訴訟物の検討
本件では、建物明渡請求をすることになりますので、その訴訟物としてXの要望に最も沿うのはどれなのかという観点から検討することになりました。これが、試験問題でいうところの、「生の主張」を法的な主張に変換する作業ということになります。
皆様もご存じなように、本件のような事案では大きく分けて債権的請求と物権的請求が想定されますが、本件では「使用貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権」を訴訟物として構成することにしました。
(ア)物権的請求と債権的請求
ではまず物権的請求権構成をとらなかった点について説明します。
物権的請求、本件では所有権に基づく返還請求の請求原因は①原告所有、②被告占有です。本件では建物のX所有、Y占有は明らかに認められましたので、この構成をとることも可能でした。
しかし、訴訟を提起する際、請求原因事実が認められるかのみで法的構成を決定することはおそらくありません。聴取した事実関係から、相手方の想定しうる反論とそれがどの程度認められる可能性があるのかについても検討したうえで法律構成を決定します。
これは試験問題を読む際にも重要な視点だと思います。原告側の事情だけでなく、相手方の反論を想定して、それを踏まえて請求の当否を検討させる問題は、最近の司法試験にも多いですよね。
弁護士とも議論をして、本件で物権的請求権で構成した場合、まず間違いなく被告から占有正権原(使用貸借or賃貸借)の抗弁が主張されるだろうということになりました。また、本件の事情からは、何かしらの使用権原が認められる可能性がありそうだということになりました。
これを前提とすると、①占有権原の有無、②当該占有権原の終了事由の2つが大きな争点となることが予想され、できるだけ早期の解決を望むXの意向にも沿わないと判断しました。
そのため、物権的請求としてではなく、被告に占有権原がある前提でその終了を争点とする主張をすることにしました。
(イ)使用貸借と賃貸借
債権的請求でいくとして、次の問題は被告の占有権原を使用貸借にするのか賃貸借にするのかという点です。
そもそも賃貸借と使用貸借って何が違うのでしょうか。明渡しを求める際、占有権原はどちらの方が都合がいいのでしょうか。
使用貸借と賃貸借は、一般に無償契約か有償契約かで区別されます。本件ではYからXに何らかの金銭が交付されているといった事情はありませんでしたので、おそらく使用貸借となることに争いはないでしょう。
仮に、YからXに何らかの金銭が交付されていた場合であっても、その事実から直ちに賃貸借契約と認められるわけではありませんが、本件ではより賃貸借契約の成立を示す事情はないということになります。
明渡しを求める側の視点に立つと、一般には賃貸借より使用貸借の方が有利だと思います。というのも、使用貸借は無償、賃貸借は有償という契約の性質の違いから、各契約の規定に差があるためです。また、本件で賃貸借と認められてしまった場合、借地借家法の適用が予想され、明渡請求が困難になることが想定されます。
イ 具体的な法律構成の検討
実際に本件では、使用貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権を訴訟物として構成することになりました。ですので、以下はこれを前提に書いていきます。
試験の答案が法律要件の充足を検討する過程を示すものであったように、具体的な法律構成を検討する段階でも、要件の充足の有無は大切です。ではまずは請求原因の検討からです。
使用貸借契約の終了に基づく目的物返還請求の請求原因事実は、①使用貸借契約の成立、②①に基づく目的物の交付、③①の契約の終了原因です。本件では③が一番の争点になるだろうということになったので、③について書いていきます。
(ア)使用貸借契約の終了原因
使用貸借契約の終了原因は、大きく分けて①期間を定めた使用貸借の場合、②期間の定めはないが使用収益の目的を定めた場合、③期間及び使用収益の目的を定めていない場合に分けることができます。
本件では明確な合意に基づいてYの使用が開始されているわけではないので、期間及び目的はなしということができると考えました。そのため、③の場合を前提に検討します。
③の場合、つまり、期間及び使用収益の目的を定めていない場合には、貸主はいつでも契約の解除をすることができます。(民法598条2項)
このとき、当然被告からは「子供の大学卒業まで」を期間とする使用貸借又は「子供の大学卒業までのYらの住居の確保」といった使用収益の目的を主張してくることが想定されました。
しかし、返還時期や使用収益の目的の定めに関しては、抗弁に当たるため被告に主張立証責任があります。そのため、こちら側としては反証を行えばよく、この点に関しては証拠上も抗弁が認められる可能性は薄いという判断になりました。
(イ)使用貸借の終了と立退料
使用貸借の終了原因が認められたとして、次の問題はYの②の主張です。
そもそも使用貸借の終了に関して立退料の請求は認められるのでしょうか。使用貸借は僕ら学生が一般的に使っている“教科書“にはほとんど記載がありませんし、立退料についての記載はありません。
実際にアルバイトであれば裁判例やコンメンタール等にあたって調査することも考えられますが、せっかくですので、試験問題で事前に知識がない問題が出てきてしまった場合(いわゆる現場思考問題)を想定して考えてみましょう。
ではまず、「立退料」ってどういったときに出てくるでしょうか。
・・・そうですよね。1つではないと思いますが、受験生的には賃貸借契約の終了のところで見たことがあるという方が多いのではないでしょうか。
例えば、潮見佳男『基本講義 債権各論Ⅰ』(新世社、第3版、2017年)197頁には、立退料は借地借家法上の正当事由を補完する要素として挙げられています。そうであれば、借地借家法が適用されず、契約の終了に正当事由が明文上要求されていない使用貸借においては、立退料請求は認められないと考えることができそうです。
ここからは完全に私見になります。実際に裁判例を調査した感じだと、定められた期間や目的が未到来・未達成であれば別ですが、そうでない場合、立退料を支払う合意がなされていれば同合意に基づいて立退料請求権が発生するという傾向を感じました。つまり、使用貸借の終了による明渡の場合、立退料は発生しない場合が多いといえるのではないでしょうか。
以上の議論を前提に、本件で被告には立退料請求権は発生しないという主張をしていこうということになりました。
(3)主張書面の作成
上記のようなやり取りを踏まえ、実際に訴状を作成することになります。試験的には、これまでが答案構成の段階であり、ここからは答案作成の段階ということになるでしょうか。
本件では、使用貸借の終了に基づく目的物返還請求権の行使として、建物の明渡しを請求することになります。請求原因は上述の3つになりますが、使用貸借契約の締結に関しては黙示の意思表示によるという主張をします。また、引渡しはすでになされていますので、598条2項に基づき同契約を解除するという主張になります。
このほか、附帯請求として、明渡完了までの賃料相当額の請求することになります。
このときに意識することは試験の時と変わりません。条文の解釈と適用から離れずに自らの主張を展開していくことになります。
この時点で被告からの反論として、使用貸借の終了自体を争ってくる場合、明渡請求を権利濫用と主張する場合などを想定し、事前にこれに対する再反論を検討しておきました。
3 実際の展開
実際の訴訟では、Y側は「子が大学卒業するまで」を期間とする明示的な使用貸借の成立を主張し、請求棄却を主張しました。また、YからXに金銭の貸付があり、同金銭の返還までを期間とする使用貸借契約の成立を予備的に主張しました。
最終的には、XからYへ一定額の金銭を支払い、Yは本件建物から退去するという内容の和解が成立しました。
4 最後に
本件のように和解で訴訟が終了すると、自分たちで調べ、考えた主張が裁判所にどの程度認められたのかはわかりません。
しかし、採りうる法律構成を複数想定し多角的に検討することにより、ただ教科書を読むだけではスルーしてしまうような論点や観点を認識することができます。裁判例や書籍を調査することにより、その分野に関して知識を身に付けることもできます。
また、インプット面だけでなく、アウトプット能力を磨くこともできます。準備書面の原案を起案したり、弁護士やほかの事務員と議論することで、自分の考えを他者に伝える訓練になります。
しかも、これらはアルバイトをやっていく中で必然的に取り組むことになるため、特に意識しなくても実践経験を積むことにもなります。
ここで扱ったのは僕が経験した事件の一例にすぎませんが、予備・司法試験対策と通ずることがあるということが伝わればうれしいです。
受験生の立場としては、机での勉強が優先なのは当然だと思います。しかし、少し違った視点から法律を学習したい方や、早くから実際の弁護士の活動を見てみたい方などは法律事務所でのアルバイトをぜひ検討されてみてください。
僕自身はアトラス総合法律事務所で事務員として働くことで、違った視点から勉強をする機会を与えてもらい、結果的に司法試験の成績にもつながったと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。