近年、家族の一員としてペットを迎え入れる家庭も増えており、街中でペットを見かける機会も増えてきました。
一般財団法人ペットフード協会によって行われた調査によれば、2023年現在、犬の飼育頭数は約684万頭、猫の飼育頭数は約907万頭とのことであり、ペットは私たちの生活に欠かせない存在となってきています。
本記事では、大切な家族であるペットに関する法律問題について解説しようと思います。
ペットの法律上の地位
ペットの法律上の扱い
ペットは大切な家族です。
ペットを自分の子やきょうだいのように考える方も多いと思われます。
しかし、現在の日本の民法上、ペット(動物)は「物」と扱われています。つまり、ペットが権利義務の主体となることはないということになります。
したがって、例えば、自分の死後、ペットに財産を相続させることはできませんし、トリミングや病院などペットに関連するサービスの提供を受けた場合でも、その契約の主体はペットではなく飼い主になります。
ペット(動物)という特殊性
上記のとおり、法律上、ペットは「物」と扱われます。
しかし、ペット(動物)には生命があります。これがほかの「物」とは大きく異なる点です。
そのため、ペットが絡むとほかの「物」とは異なる取り扱いがなされるケースがあります。
この一例として、以下では、①ペットが他人を怪我させてしまった場合と②ペットがけがをさせられてしまった場合の2つのケースを想定して話を進めていこうと思います。
自分のペットが他人に怪我をさせてしまった
総論
ペットはその財産的価値だけでなく、精神的にも大きな恩恵をもたらすものです。
しかし、ペットは適切に管理をしないと他人に損害を与えてしまうという危険も併せ持つことになります。
身近なところでは、以下のようなケースが想定できます。
・ペットの散歩中、動物好きな通行人が近づいてきたところ、興奮したペットがその人にかみついてけがを負わせてしまった。
・ペットが突然吠え、その声に驚いた通行人が転倒して怪我をしてしまった。
このようなケースの場合、飼い主には何らかの責任を負うのでしょうか。
動物の占有者の責任(民法718条1項)
ペットの飼い主は、自身のペットが他人に危害を加えた場合、被害者に生じた損害を賠償する責任があります。
ただし、飼い主が、ペットの種類及び性質に従い相当の注意をもって管理していたと認められる場合には、この限りではありません。
「相当の注意」は、動物の種類や性質、管理の状況等の様々な事情を考慮しての判断となりますが、「相当の注意」が認められるケースは少なく、飼い主にとっては厳しい判断がなされる傾向にあるというのが現状です。
ペットを飼う際には、場合によっては大きな責任を負う可能性があるいうことを忘れず、適切に管理することが必要です。
その他の責任
本記事では詳細な記載をしませんが、民事上の責任だけでなく、刑事上又は行政上の責任を負う可能性もあります。
例えば、東京都には「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」が定められています。
ご参考までに、東京都の上記条例の一部を以下に記載します。
(事故発生時の措置)
第29条 飼い主は、その飼養し、又は保管する動物が人の生命又は身体に危害を加えたときは、適切な応急処置及び新たな事故の発生を防止する措置をとるとともに、その事故及びその後の措置について、事故発生の時から24時間以内に、知事に届け出なければならない。
2 犬の飼い主は、その犬が人をかんだときは、事故発生の時から48時間以内に、その犬の狂犬病の疑いの有無について獣医師に検診させなければならない。
自分のペットが他人に怪我をさせられてしまった
総論
ペットが関連する事故は、自分が加害者となるケースだけではありません。
例えば、自分のペットが他人のペットに襲われてしまうこともあるでしょう。
突然の事故により、愛するペットが怪我をしてしまうことや、最悪の場合、死亡してしまうということもあります。
突然の事故によって愛する家族を失った飼い主としては、法律上、加害者に対して責任追及をすることができるのでしょうか。
財産的損害
ペットが死亡してしまった/けがをさせられてしまった場合、まずは財産的損害の賠償を求めることが考えられます。
ペットの財産的損害(時価賠償の原則とペットの時価)
物損事故における財産的損害について考える場合には、原則として不法行為時の時価が損害額とされるという原則があります。
それでは、ペットが被害を受けてしまった場合、その時価はいくらと考えられるのでしょうか。
飼い主にとってはかけがえのないペットですが、裁判等で争いになった場合には、時価はゼロ又は非常に低額と評価される傾向にあります。
なお、非常にまれなケースではありますが、裁判例で財産的損害が認められたケースも存在します。これらのケースを見てみると、以下のような事情があれば財産的価値が認められやすくなると考えることができそうです。
・血統書付き
・警察犬や盲導犬など特殊な訓練を受けている
・コンテスト等の優勝・入賞経験がある
時価を超える賠償
一般的な原則は上記のとおりですが、裁判例には、時価を超える賠償を認めたケースも存在しています。
具体的には、ペットの治療費や葬儀費があげられます。
上述の時価賠償の原則を前提とすれば、例えば、事故当時100万円の価値を有する自動車が破損し、修理費が150万円かかるというケースにおいては100万円の賠償をすればよいことになりますし、時価が5000円のペットの治療費に20万円かかる場合であっても、5000円の賠償をすればよいということになります。
しかし、特にペットのケースにおいては、命がある生き物であるという点が大きな特殊性となります。
そのため、時価を超える治療費等であっても、賠償額の範囲に含まれるという判断がされるケースが複数存在しています。
逸失利益
人間の死亡事故が発生した場合、当該事故の損害賠償において、逸失利益と呼ばれる損害について争われるケースは少なくありません。
逸失利益とは、簡単に言えば、当該事故に遭っていなければ将来得られたであろう利益のことです。
しかし、ペットの場合には、広告やショーに出ているといった特殊なケースを除き、一般に収入というものを観念できません。
そのため、逸失利益の賠償を求めることは困難という傾向が強くなります。
慰謝料
人損事故の場合には、財産的損害のほかに精神的損害、すなわち、慰謝料を請求するということが一般的です。
しかし、物損事故の場合には、時価を基準とした賠償により被害者の損害は填補されており、時価を超える慰謝料は発生しないという考えが一般的です。
つまり、物損の場合、慰謝料は発生しないというのが大原則となります。
上述しましたが、ペットも法律上は「物」として扱われますので、ペットのみが損害を受けた場合には物損事故という扱いになります。したがって、原則として慰謝料は発生しないということになります。
しかし、これでは飼い主としては、愛するペットを失ったのにもかかわらず、その財産的損害はゼロ又は非常に少額という結果になり、非常に不公平な結果となってしまいます。
そこで、別途、飼い主の精神的苦痛に対する慰謝料の請求を認める必要があると考えられるようになってきました。
現状、ペットの場合の慰謝料は認められたとしても~数十万円という範囲になることが一般的です。
まだまだ少ないと感じる方も多いと思いますが、徐々に認容される賠償額は上昇してきています。
ただ、大原則としては、物損に慰謝料は発生しないというところからのスタートラインとなりますので、慰謝料を認容してもらうためには、飼い主の負った精神的苦痛がいかに大きなものであるのかということをきちんと主張していくことが必要になります。
参考までに、慰謝料請求が認められた裁判例で言及がされていた要素をいくつか挙げておきます。
・ペットのために自宅を改造
・旅行先にペットを同伴
・葬儀の有無
・ペットの年齢と平均寿命
・ペットの健康状態(生命の危険を生じさせるような持病の有無)
・ペット保険加入の有無
慰謝料請求が認められるためには上記の事情が必ず必要というわけではありませんが、「一般的な家庭と比べて特別に手間をかけて飼育していた」ことを示す事情が存在するほど、慰謝料が認められる可能性は高くなるようです。
終わりに
本記事では、自分のペットが他人に損害を与えてしまった場合や、交通事故に巻き込まれてしまった場合を想定して解説をしてきました。
ペットがいる生活がどんどん身近なものになっていくにつれ、ペットに関連する事故もその数が増加することが想定されます。
愛するペットに関連する事故が起きてしまった場合、本記事の記載が参考になれば幸いです。
〈参考文献〉
・一般社団法人ペットフード協会(https://petfood.or.jp/data/chart2023/index.html)